指導現場の「考えさせる指導」の実態

考えさせるということは、「自分で決めて行動させる。そして、その行動に責任を持たせる」こと。

トレーニングで、選手に考えさせるという狙いがあるとき、考えるべき人はとうぜん選手のはずです。そして、その考えさせる狙いは、状況を自分で考え、判断して、行動に移すことにあります。

指導者が決めた考え方

だけど、指導者の決めた考えに紐づいて、選手が考えているように見えるだけのトレーニングがあります。そういえる理由は、指導現場で、指導者が決めた考え方(タイミング、技術、場所)を、選手に言わせるように仕向けていく、いわゆる誘導的指導が多いから。

この指導はつまり、これまでの学校教育と同じで、答えは隠されていても、決まった答えがちゃんと準備されているということ。これでは、考えさせるというより、決まった考え方を学ばせていると言えるのではないでしょうか。

不平不満は、責任がないから言える

失敗におわり、不平不満が出るのは、行動に対して本人が責任をとれないからといえます。なぜなら、考えさせるといっても、じっさいは予め準備された考え方へ誘導しているだけで、選手に本当の意味での考える権利(自由)が与えられてないからです。だから結果は都合よく解釈され、不平不満が出てきます。

考えさせるための鍵は「責任」

考えさせる力が身につく鍵は責任です。

自分でやった結果がどうなるか分からないのに、大人が口を出したり、先回りして準備してしまう。そんな習慣の中で育った子は、失敗に対して、ほかの誰かに責任を追及しようとする。自分で出した結果について、周りに文句を言ったとしても、誰も相手にしてくれないですよね。

だから、考えさせると言うことは「自分で決めて行動させる。そして、その行動に責任を持たせる」ということが大切。

だと、考えています。