失われたコーチのアイデンティティ

自分の指導を語ろうとするも、それを表現することができない。ようやく出てくるのは、誰にでもこたえれそうな、ありきたりのものだったりする。なぜコーチという仕事を選んだのか、コーチとしての自分を理解できているのか、それさえも語れない。

これはまぎれもない、自分の経験だ。

そんな語れずじまいの自分と対峙するうちに、アイデンティティという言葉に行き着くことになった。そして、このアイデンティティが、完全に抜け落ちていることに気づくことになる。

コーチをはじめてから20年後のことだ。

アイデンティティ

このアイデンティティは、自分が思う自分他人が思う自分が合わってできる自信のことで、青年期の13歳から20歳前後までに確立するそうだ。

コーチたちにはこれから、自分のアイデンティティを確立することに注力してもらいたい。なぜなら自分のアイデンティティの確立は、自分の指導をより良いものにし、コーチとしての地位を高めることにつながる、大きな可能性を秘めているからだ。

ならすことに慣れて育った青年期

青年期に僕たちは、考え方や行動を、周りにならすよう求められて育ってきた。そして、このならされてきたことが、アイデンティティが抜け落ちる原因のひとつだと僕は考えている。

この時期の評価軸は、いつだって「周り」。つまり他者に基づいた行動や考え方が求められるということだが、ほとんどのコーチもこの青年期とされる13歳から20歳前後まで、この評価軸の中で育ってきたのではないだろうか。

ならすことに慣れなければ評価されない環境では、自分を突出させず、みんなと同じように自分の考え方をならすこが重要となる。つまりは、周りの評価軸に従い、そこに自分をならすことに慣れて育ってきたということだ。

みんな同じという評価

多くの外国人コーチと時間をともにしたが、彼らが口を揃えて言うのが「みんな同じ」と言う言葉。練習方法や伝え方、そして考え方や行動まで、みんな同じと評価する。

初めてその言葉を聞いて、あらためて周りを見渡したとき、たしかにその通りだと気づいた。

そして、僕にとって魅力的に映る指導をするコーチは、ほかの誰とも違う表現や手法をもっていることにも気づかされた。

アイデンティティが抜け落ちる理由

「他者が思う自分」をつくっているのは、けっきょく自分であることが多い。つまり、他者はそこまであなたのことを気にしていないということだ。これがコーチとしてのアイデンティティが育たない理由であり、アイデンティティが抜け落ちている原因だと考える。

このことに気付かずに、長い時間を僕は過ごしてきた。指導の手法にこだわり続け、結果ばかりを追い求めてきた自分は、結局のところ本当の自分を理解できていなかったのだ。

アイデンティティをつくる

自分が思う自分と、他者が思う自分に隔たりがあるほど、あなたのアイデンティティは大きく変わる可能性がある。そのためにまず、他者が思う自分の評価を考え直すことが重要だと考えている。だからといって、他者が思う自分について、ほかの誰かに聞く必要はない。なぜなら他者から見た自分をつくっているのは、けっきょく自分であることがほとんどだからだ。

他者が思う自分への再評価は、アイデンティティを再構築するための、第一歩だと僕は考える。そこから本物の自分のアイデンティティの獲得へつなげていけるはずだ。

まずは「他者が思う自分」を再評価してみてほしい。そこに本当の答えがあるはずだ。コーチのアイデンティティが抜け落ちる原因の多くは、この他者が思う自分から始まると僕は考えている。

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