コーチたちの曖昧な選考基準

コーチとしてセレクションという場面に、これまで何度も立ち会ってきた。もちろん選考スタッフとしてではあるが、疑問に感じ続けてきたことがある。

それは、曖昧な選考基準だ。

たとえばセレクションの参加者が100人いたとする。その100人のうち、上位10人はだれが見てもうまい選手と分かる。同様に下位から20人の選考もそれほどむずかしことではない。この30人の評価というものは、うまいか下手か、あるいは足が速いか遅いかなど、印象づきやすいスキルに偏っていることが多い。もちろんこれらのスキルを評価することは、重要な要素であることは間違いない。とはいえ、スキルだけの評価では十分でないことは、ほぼ全てのコーチが理解しているはずだ。

ここで先ほどの上位10人、うまい選手への評価について、想像力を働かせてもらいたい。仮に「伸びしろ」や「将来性」がきちんと評価できる方法があったとして、それを選考基準に付け加えるとなると、それでもこの10人への評価は変わることはないだろうか?

この問いについては、私自身おそらく半数以上は評価されなくなるのではと考えている。それに加えて、この伸びしろや将来性が選考基準に必要かと問われると、どう答えるだろうか。だれもが必要と答え、もしかするとスキルの評価以上に重要と答えるコーチも出てくるだろう。

しかし、この伸びしろや将来性を予測することは非常に困難である。だからといって、勘だけに頼るの心許ない。しかもこの伸びしろや将来性をコーチが知った上で指導することは、極めて重要なコーチの仕事でもあると私は考えている。

コーチたちが、この伸びしろや将来性について問われたとき「〇〇みたいになりそう」だとか「経験を積めば〇〇ができるようになると思う」と返答することが、今のところ精一杯かもしれない。だからこそ、このコーチの評価を裏付ける明確な基準というものがあれば、選考する理由に確証をもてるようになるのではないだろうか。

くり返しになるが、この見えにくく予測不可能とも言えそうな、伸びしろや将来性を評価することは困難である。そしてこのことが、選考基準そのものを曖昧にしている原因であると私は考える。もし仮にこの曖昧さを解消する何らかの方法があれば、残りの70人の中に潜む秀でた才能の見落としを防ぐことにつながるかもしれない。次回はその曖昧さを解消するかもしれない、一つの解決方法を提案したいと思う。